「対人関係療法の考え方はシンプル」
前回のコラムでは、対人関係療法IPTで使われるユニークな概念、「重要な他者significant others」について深掘りしました。 今回はIPTの成り立ちや特徴のザックリしたお話しをしていきます。

目次
1.対人関係療法の成り立ち、よく効くエッセンスの体系立て
そもそもですが、対人関係療法IPTは、「うつ病の治療において、実際にどんなことが症状の改善に役立ったのか?」
という研究から生まれています。
ちょっと言いにくいことですが、精神医療の歴史においては、過去には役に立たない治療や関わり方はたくさんありました。例えば、うつ病の人に「本人にやる気がないだけ」「性格の問題だ」というような的外れな働きかけをする医療者さえもいたのです。診療どころか、治る病気も治らない接し方と言えるでしょう。
対人関係療法IPTの創始者たち(クラーマン、ワイスマンら)は、とても現実的でしたし人間観察の優れた洞察者でした。
ですから、彼らは1960年頃からデータに学ぶ姿勢で研究を続けることにして、それまでの調査研究からうつ病に関して得られたデータをもとに、どのような治療法がうつ病を最も有効に直せるか、を整理することを目標として頑張ったのです。
そして、うつ病の発症前後の問題を研究していくと、対人関係の問題を背景にして、うつ病を発症する人が多いこと、そしてうつ病になると、身近な対人関係にも歪みが生じることがわかってきました。こうした研究結果から、1984年頃、、対人関係に焦点をあてる治療の方法としてマニュアル化され、公にされたのが対人関係療法です。
2.誰でも効果を出せるような治療法、トレーニング方法を磨き上げた先達
よく効くエッセンスを体系立ててマニュアル化したことも凄いのですが、創始者たちのさらに凄いところは、自分達がこの治療法を上手く扱えるのは当然であって、他の場所の治療者がトレーニングをして効果が検証されて初めて、「この治療法は効く」と言えるのだと信じていたことです。
したがって、科学的に価値の高い研究を行うために、ハードルの高いトレーニングを設け、効果検証を優先させてきました。その堅実さのせいで世間に認知されるのが遅れてしまったのは惜しいことですが、 現在では、 認知行動療法と並ぶ、科学的に検証された効果のある精神療法として認識されるに至りました。
3.ほかの精神病への効果 驚くべき過食症における認知行動療法との比較
うつ病をベースにして開発されたものですが、その後、摂食障害(拒食症や過食症など)や外傷後ストレス障害(PTSD)など、様々な状態に対する治療法として手を加えられてきています。
ちなみに、認知行動療法もうつ病や摂食障害に対する効果が実証されている精神療法ですが、摂食障害については、大規模な比較研究で興味深い結果が報告されています。
過食症の研究なのですが、約半年の治療の終了時には、対人関係療法よりも認知行動療法の方が圧倒的に高い効果を示しました。
ところが、治療終了後6年後まで追ってみると、対人関係療法の効果は伸び続け、6年後には認知行動療法よりも高く、行動療法の3倍以上の効果を示すことがわかったのです。治療で学んだことを日々の対人関係の中で実践していくことによって効果が高まるのだと思われます。
なお、かつて過食症の治療法として採択されていた行動療法は、治療終了時にはそこそこの効果を示していても、治療が終わると、反動のように効果が激減し、治療中に治った患者さんのうち、半分が6年後には再発していることがわかりました。
単に過食を抑えて食行動を自制するやり方では、一時しのぎ的に症状を抑えられてもすぐに元に戻ってしまう、あるいはもっとひどくなってしまうというこの結果は、「過食はストレス度を示すものであって、過食を抑えることには意味がない」
と言うことの良い証拠となるでしょう。(認知行動療法の名誉のために付け加えますが、過食への対処という例です。
強迫性障害などの治療では認知行動療法の方が効果が高いです)
4.病気の治療法にとどまらない、人生の治療法
対人関係療法が目指すのは、17回という期間限定のセッションを通して、
- 患者さん自身が症状を起こすメカニズムを知ること、
- 身近な人(重要な他者)とストレスの関連に気づくこと、
- そのうえで対処スキルや対人コニュニケーションスキルの練習をしていくこと、
です。
症状をなくすことを第1の目的とせず、安心して、以前より自分は上手くやれているという手応えや将来への希望が感じられるようになれば、症状は自然に治まっていきます。なぜなら、(繰り返し言いますが、)症状はストレスマーカーだからです。
この、「人生のコントロール感の獲得」が、治療終結後にもどんどん効果が伸びているという理由なのだと思います。
ここで、 メンタルクリニックエルデ治療者のトレーニングをして下さっている師匠、水島広子先生が、著書『対人関係療法でなおす うつ病 病気の理解から対処法、ケアのポイントまで』(創元社 2020年大10刷)の前書き述べておられる1節を紹介します。
対人関係療法は、対人関係のストレスを解決する治療法であると同時に、対人関係の力を活用して病気を治す治療法でもあります。
現代の日本には、まさに対人関係療法が有効だと思える領域がたくさんあります。そして、対人関係療法を通して、人と人とのつながりを育てていくことが、病気の治療を超えた意味を持つ時代になっていると思います。
目下、対人関係療法を行うことのできる治療者の養成を急速に進めておりますが、まだまだどこでも受けられる治療法ではありません。
幸い、対人関係療法の考え方はとてもシンプルです。
対人関係療法を受けられない患者さんや周囲の方にも、そのエッセンスを知っていただければ、、、。そんな願いのもと、このシリーズが立ち上がる運びとなりました このシリーズでは、現在に生きる私たちが抱える心の病やストレスを一つひとつ取り上げて、対人関係療法的な視点から見直し、回復への道筋を分かち合いたいと思っております。
皆様のお役に立つことを心から祈っております。
監修者

坂本 誠
メンタルクリニックエルデ 院長
<資格>
医学博士
精神保健指定医
日本精神神経学会 精神科専門医
コンサータ・ビバンセ登録医師
ドイツ精神神経学会(DGPPN) 認定医師
ドイツ対人関係療法学会(DGIPT) スーパーバイザー
<対人関係療法に関する研究>
国際対人関係療法学会 アムステルダムでの発表
ドイツ精神神経学会 ベルリンでの発表
<対人関係療法における著書>
トラウマセラピー・ケースブック 症例に学ぶトラウマケア技法
PART 8 対人関係療法(IPT) 星和書店
対人関係・社会リズム療法でラクになる「双極性障害」の本
治療の基本と自分でできる対処法 大和出版
<経歴>
聖マリアンナ医科大学病院神経精神科
医療法人社団 丹沢病院 医局長
ドイツ ルプレヒト・カール大学ハイデルベルク 老年精神科客員医師
誠心会 神奈川病院 医長
メンタルクリニックエルデ 開設
