こころの健康  対人関係療法(IPT)からのヒント

「重要な他者」について

今回のコラムでは、対人関係療法で使われる「重要な他者significant others」と言う概念を深掘りしていきます。

目次

1.自分の人間関係を客観的に眺めてみると…

人間関係とか対人関係と言われると、家族ではなく、いわゆる他人との人付き合いとしてクラスメイトや職場の人たち、ママ友らとの付き合いを思い浮かべる人も多いのではないかと思います。

でも、よく考えて見れば、最も濃厚な対人関係の対象となるのは、親子、夫婦、あるいは親友といった身近な人たちです。

夫婦関係、親子関係という単語はよく使われているので馴染みがありますが、あらためて考えて見ると、自分はどのように相手と向き合っているでしょう?そして相手は自分にどのような向き合い方をしているでしょうか?

いつも、あるいはここぞという必要に応じて「夫との関係→自分と夫との相互の対人関係」と意識して丁寧にコミュニケートできる人は、概して対人スキルの高い人と言えるでしょう。自他の境界線を設けていて、自分も相手も等しく尊重できる人です。

一方、この対人スキルの低い人は、パートナーや親や子どもにこそ「言わなくても分かるでしょ」的な、むしろ雑なコミュケーションをとりがちで、その結果ますますお互いにイライラする間柄になってしまうことがあります。

夫婦や親子という関係は余りにも近しいため自分と相手との距離がバグると言うのでしょうか、自分の延長のような感覚で扱ってしまい「他者」として見なしにくい、のかも知れませんが、ちゃんと別個の人間として分けて付き合いたいものですね。

2.親しさサークル:対人関係の重要度の順

第1層:配偶者・恋人・親・親友など
第2層:友人・義父母・親戚など
第3層:クラスメイト・職業上の人間関係など
この図は、対人関係療法で用いる「親しさサークル」というもので、患者さんに自分の対人関係を書き入れてもらい、客観的に「誰か」との関係を見ていくために利用します。
自分の人間関係における誰かとの心理的な距離が視覚的に捉えられるので、「自分とこの人とはこういう距離感だったのか」というフィードバックとして理解しやすいと思います。ある患者さんは、「最初は分からなかったけれど、治療を進めていくうちにだんだんこのサークルに書き込む意味が分かってきた」と感想を述べておられました。

さて、社会的な機能として最も理想的なのは、上の図のように分布する対人関係を持っていることだと言われています。
最も親密な関係を持っているのが、配偶者、恋人、親、親友など、「その人に何かがあったら自分の情緒に最も大きな影響を与える相手」です。専門的には「重要な他者」と呼ばれます。

対人関係の重要度の順位として、「重要な他者」ほど強くはないけれども、それなりに親密な関係を持っているのが、友人や義父母、親戚などです。

そして、その外側に、職業上の対人関係などがあります。これらの対人関係をバランスよく持っていることが、心の健康を支えると考えられています。

3.身近な人とのコミュケーションの質を上げよう

ある会社員の方からですが、「この図は一面的すぎる、会社員の中には最も親密なところに仕事上の関係者がいるケースもあるはず」と言う意見がありました。

ですが、例えばリストラのように仕事上の問題が起こった時、それが原因で心を病むかどうかの分かれ道となるのが、実は、身近な家族との関係であることが多いのです。

以前、テレビの報道番組でリストラの悲劇として紹介されていたケースですが、家庭は二の次の仕事人間だった男性が、リストラされてしまったことを家族に言えず、それまでと同じように家を出ては公園でボーッと時間を潰しているというレポートがありました。この男性にとって職を追われ稼ぎを失うことがどれだけの屈辱であり痛手であったか想像に難くありません。

これほどの衝撃、大ショックを乗り越えるには本来さまざまなサポートが必要です。まずは妻や子からの今までの働きへの感謝や労い、ショックを受けている本人の気持ちへの共感などの心理的なサポート、経済面に関する相談、気力を取り戻すための時間、新しい仕事を探すためのソーシャルサポートなどが挙げられます。

こういった危機の際、妻や子どもら家族と何でも相談できて、労り合ったりあれこれ対策立てたりできる関係の人は、ショックを受けたり落ち込みはしてもそれが病気に発展するほどにはならないこと、あるいは軽症でとどまることが多いものです。

一方、日ごろから家族との信頼関係をきちんと作れていない人は、「リストラされたなどとてもじゃないが言えない!」と、最も頼りになるはずの相手を頼ることができず、最も心を許せるはずの相手に対して身構えてしまいます。こうなると当然心は病んでいきます。

このリストラされた男性のケースは、「心の健康のためには、親密度が高い人とほど、その人との対人関係を良好に保つよう、互いに尊重したり質の良いコミュニケーションを取ろうと努力すべき」

ということが理解できるケースだと思います。

4.対人関係療法と日本人の心の健康

最後に、日本人とコミュケーションについて、対人関係療法の第一人者である水島広子先生の見解を紹介します。
私たちのストレスの原因は対人関係であることが多いものです。特に日本人はどうしても対人関係の中での自己表現が苦手です。そのコミュニケーション能力の低さのために、様々な精神的トラブルに陥っていると思われる例に多く出会います。

対人関係療法は、米国で開発された治療法ですが、私はむしろ日本人にこそあった治療法ではないかと思って愛用していました。そして、対人関係療法をきちんと受けると、単に「病気が治る」と言うだけではなく、その人の生活全般にとても良い影響与え、対人関係にも自信がつくケースが多いのです。私はこれまでに病気の治療療法と言うよりも、人生の治療法とすら言いたくなる例にも出会ってきました。認知療法に比べると日本ではまだまだ日常臨床の場への普及が足りない対人関係療法ですが、日本人の心の健康に大きな貢献をするはずだと信じています。

(『自分でできる対人関係療法』創元社2024年第1版第21刷 より抜粋)

監修者

院長 坂本誠

坂本 誠
メンタルクリニックエルデ 院長

<資格>

医学博士
精神保健指定医
日本精神神経学会 精神科専門医
コンサータ・ビバンセ登録医師
ドイツ精神神経学会(DGPPN) 認定医師
ドイツ対人関係療法学会(DGIPT) スーパーバイザー 

<対人関係療法に関する研究>

国際対人関係療法学会 アムステルダムでの発表
ドイツ精神神経学会 ベルリンでの発表

<対人関係療法における著書>
トラウマセラピー・ケースブック 症例に学ぶトラウマケア技法
PART 8 対人関係療法(IPT) 星和書店

対人関係・社会リズム療法でラクになる「双極性障害」の本
治療の基本と自分でできる対処法 大和出版

<経歴>
聖マリアンナ医科大学病院神経精神科
医療法人社団 丹沢病院  医局長
ドイツ ルプレヒト・カール大学ハイデルベルク 老年精神科客員医師
誠心会 神奈川病院 医長
メンタルクリニックエルデ 開設

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